東京地方裁判所 昭和32年(ワ)4622号 判決 1958年9月27日
原告 斎藤琴子
被告 国 外一名
訴訟代理人 川本権祐 外二名
主文
被告らは各自原告に対し金三万円及びこれに対する昭和三二年六月二八日から右完済まで年五分の金員を支払え。原告その余の請求は棄却する。訴訟費用は三分しその二を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。
事実
原告訴訟復代理人は「被告らは原告に対し各自三六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年六月二八日から右完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。
被告古沢は総理府技官として自動車の運転をその職務とする者であるところ、同人は被告国の被用者として右運転の職務を行うため、昭和三一年九月八日午前八時二〇分頃、総理大臣官房会計課の普通乗用自動車(一九五一年式ビユツク第三--三八二五号)を運転して国電渋谷駅を経由し青山一丁目方面に向い時速約五〇粁の速度で進行し、渋谷区上通り一丁目一〇番地附近の歩道及び緑地々帯間の車道に差掛つた際、その前方約五〇米の緑地々帯上に原告が右自動車の通過を待つて車道を横断すべく佇立待機しているにも拘らず、減速徐行することなく約五〇粁の速度のままで右車を運転進行せしめ、かつ、その運転を誤つて右緑地帯上の原告侍立地点に自動車を乗り上げそのバンパーを原告の下腿部に接触させ、よつて原告に対し左下腿骨折、打撲性出血及び主骨神経痛の傷害を与えた。
右は被告古沢の過失による不法行為というべく、被告国も使用者としての責任あるものである。よつて被告らは右不法行為(傷害)によつて原告に生じたつぎの損害を賠償する責任がある。
(一)原告が在日米空軍立川飛行場西地区の酒保(ポストエクスチエンジ)において営む草花及び小鳥店の営業が昭和三一年九月から昭和三二年四月まで七ケ月間不能となつたことに因る得べかりし利益の損失二八万円(一ケ月四万円と計算)。
(二)右傷害の治療費として支出した三万五〇〇〇円。
(三)原告は、右傷害によりいまだに右足の鈍痛を感じており、また実父徳大郎(七〇才)を扶養しており、その受けた精神的損害も少なからぬものがある。それでこの慰籍料として五万円。
よつて原告は被告ら各自に対し右(一)乃至(三)の合計金額三六万五〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日翌日たる昭和三二年六月二八日から右完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。
被告国指定代理人並びに被告古沢は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告の主張事実に対し
「(一)被告古沢が総理府技官として自動車の運転をその職務とする者であること、同人が昭和三一年九月八日午前八時二〇分頃職務行為として総理大臣官房会計課の普通乗用自動車(一九五一年式ビユツク第三--三八二五号)を運転中、渋谷区上通り一丁目一〇番地先の緑地帯附近において右車が原告に接触したことはいづれも認める。
(二)右車が原告に接触した部位、原告の営業内容(職業)、及び原告主張の(一)乃至(三)の損害額は知らない。
(三)その余の事実は否認する。
被告古沢は本件自動車を運転して、当時の内閣官房副長官松本滝蔵を乗せ総理大臣官邸に向う途中、時速約三〇粁の速度で本件緑地帯及び歩道間の車道に差掛つたが、その際、前方の緑地帯上に原告が佇立しているのを発見し、かつ原告が右車の進行に注目しているのを確認したので、右緑地帯と自動車との間に約二尺の間隔を置いて直進し原告の佇立地点を通過したのであるが、原告は右車が右倍立地点前の車道を通過し終らないにも拘らず右車道を横断すべく足を踏み出して右車の右側後部附近に接触したもので被告古沢には全く過失のないもので却て本件事故は原告の不注意により惹起されたものである。」と述べた。
立証<省略>
理由
一、被告古沢が総理府技官(従つて被告国の被用者)として自動車の運転をその職務とするものであること、及び同人が昭和三一年九月八日午前八時二〇分頃職務行為として総理大臣官房会計課の普通乗用自動車(一九五一年式ビユツク第三--三八二五号)を運転して国鉄渋谷駅経由青山一丁目方面に進行中、右自動車が渋谷区上通り一丁目一〇番地先の緑地帯附近において原告に接触したことは当事者間に争がない。
二、本件事故が被告古沢の過失によるかどうかについて争があるのでその点について判断する。証人松本滝蔵、同中山勝の各証言並びに原告及び被告古沢の各供述(但し、後記措信しない部分を除く、)検証の結果によれば、被告古沢運転の本件自動車が時速約三〇粁の速度で渋谷区上通り一丁目一〇番地先の歩道及び緑地帯間の車道に差掛つた際、これを目撃した原告は本件自動車の通過を待つて右車道を横断しようと考え右車道の南側に位置する緑地帯上の車道に接した個所に佇立待機した。被告古沢は原告が右緑地帯上に侍立待機しているのを確認したので、本件の如き事故が発生しないものと信じ、当時右車道の前方を通つている自動車等はなかつたので右緑地帯と本件自動車との間隔を広くして通過しうる状況にあつたにも拘らず右緑地帯との間に僅少の間隔を保つて本件自動車を時速約三〇粁のままで直進せしめたところ、原告は、本件自動車の進行状況を注視せず横断に気をとられ、本件自動車が原告佇立地点前の車道を完全に通過していないのに漫然とその左足を車道に踏み出そうとしたので、本件自動車の後部右側バンパーにその左足下腿部が接触し、そのために原告は身体の右側を下に緑地帯上に横倒したことを認めることができ、右認定に反する被告古沢及び原告本人の各供述部分は措信しない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告古沢には『車道を横断歩行しようとする者が車馬の通過を待つている場合は該横断歩行者と車馬との間に通過当時の車道の交通状況等諸般の事情に照して出来る限りの間隔を置いて車馬を運転通過させ事故を未然に防止する条理上の義務』に違反した過失があり、また、原告にも『車馬の完全通過を待つて車道を横断して自ら危険を防止すべき義務』に違反した過失がある。と解するのが相当である。
三、証人佐和方元の証言及び昭和三三年四月三日付の嘱託書に基いて取寄せた東京都交通局病院の診療録とレントゲン写真によれば、前段認定の接触横倒の際、原告は、左膝胴部及び腓腸部に圧痛、腓腸部の突端に指小大の皮下出血、左藤骨に骨折、右小指に挫傷、の各傷害を蒙つたものと認められる。右認定に反する原告本人の供述部分は措信できない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四、そこで損害額のうち、まづ得べかりし利益の損失と治療費の支出とについて判断するに、原告は、在日米空軍立川飛行場西地区の酒保において草花及小鳥店を営み、四万円の月収を得ているから昭和三一年九月から昭和三二年四月まで七ケ月間右営業が不能となつたことによつて生じた得べかりし利益の損失は二八万円であり、また、本件傷害の治療に支出した費用は三万五〇〇〇円であると主張するが原告はこれについての立証を尽さないのでこれを認めるに足りる証拠はない。
慰藉料については、原告本人の供述によれば、原告が本件傷害により精神的苦痛を受けたことが認められるが、原告の前記過失を斟酌して、三万円をもつて相当額と認める。
結局、原告は被告ら各自に対し金三万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三二年六月二八日から右完済まで民法所定の年五分の法定遅延損害金の支払を求める権利を有する。
五、よつて、原告の本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容しその余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一)